昨日は日帰りで大阪は宝塚に行ってまいりました。

知り合いの付き添いです。
チケットが余ってしまうということで、お声がかかりました。
チケット代並びに交通費も全部向こう持ちというおいしい付き添いです。

その代わり、私が相手を無事宝塚大劇場まで連れて行き、連れて帰らなければなりません。
このお相手は車でならもう地球を数周走っているくらいに、自由に動き回れるけれど、
基本ひとりで電車に乗れない人なのです。

先日も成田から東京都下の自宅に帰るために、電車に乗るのに一時間かかったとか・・・。
私が住んでいる場所のすぐ近くで育った人なのですけれど、
本人曰く、
「だって、以前とは券売機が違うんだもん!」
と言う。
ご主人様が外国で単身赴任を続けているので、
結婚後住み慣れた茨城から東京に居を戻し、少しずつ電車に乗る機会も増やしているようですが、
ひとりで宝塚まで電車でというのは、まだ無謀すぎで、
しかも今回電車にしたのは、インフルエンザによる本人の体調不良のためでした。

結果、行きも帰りも新幹線のなかでは気持ちよく眠り、
朝よりも夜には体調がよくなっているようでしたので一安心です。

彼女がひとりで電車に乗れない最大の理由は、パニック障害だからです。

発作はここ数年単位で起こしてはいませんし、
薬にも頼ってはいないでここまでよくなってきたのですが、
パニック障害になってしまった原因とは向き合っていないので、完治はしていません。

この人のパニック障害だから電車に乗れないというのは、
券売機がわかりづらいというのが原因ではなく、
自分以外の人が運転する乗り物を信用していないところからきているのです。
パニック障害は、他者への支配性が鍵を握っています。
例えば、某プリンセスの場合は自分で一通りのことをこなせるキャリアウーマンから
自分ひとりで采配を振るえない生活に移行したことが関係していると考えられます。
今回同行した彼女は、常識やマナーにとてもうるさい人で、
ここに照らし合わせたときに他者が自分の考えのように振る舞わないことに、
キレます。
どちらも根底にあるのは、相手をありのままに受け入れるということが、
難しいと思っていることと関係しているのです。

この意味では第1と第2チャクラのアンバランスが、関係した病いといえるでしょう。

パニック障害のでている人は自分でコントロールできないという事象を目の当たりにすることで、
自分の肉体のコントロールが出来なくなり発作を起こすのです。
ですから、その人の考えのなかの秩序ある世界にいる限りは安定した生活もできるのです。


大切に思う相手であっても、
考え方や生き方を変えることを押しつけることは出来ません。
私に出来ることはそばにいて、その人の考えを尊重することであり、
それが相手をありのままに受け入れることでもあるからです。