今回、突然母その2が、予定を変更したので、
私達は母その2の手料理で、別荘滞在中食事をいただけることになりました。
はっきりいって母その2の料理は美味しいです。
この人は、懐石もコースで出せる腕前を持っています。

何故、予定変更したかというと、
「草木染め」の下絵作業が予定より進まなかったせいのよう・・・。
日に3度ちゃんちゃんと出てくる料理に感謝して過ごしておりましたが、
気づくと、今回やたら私に手伝いを頼みます。
ほかのメンバーがいない時は、理解できますが、
全員揃っている時でも、私に頼むのでいぶかしくなり、思わず、
「なんで私に言ってるの?私は小間使いじゃないのだけれど?」と、
つい、本音が・・・。
すると、
「違うわよ。私がものを頼むのって凄いことなのよ。」と、返されました。

これを聞いて納得した私は、下ごしらえは終わっているその日の食事作りを、
代わって黙々とすることにしました。


料理の上手な人が、他の人につくるのを譲る時って、
どのような時でしょう!?
任せて大丈夫という信頼が持てない限りは、台所を預けられないでしょう。


私は2家族の子供達のなかでは一番年下なので、
母その2には、ながくみそっかす扱いなのでした。
けれども、初孫も成人する頃の現在、
みそっかすとして使いものにならないという私への思い込みを手放し、
眺めてみれば、実の娘の次には使える人間だったと、気づいたらしい。
(今回別荘に集まったメンバーにおいての話です。)

一方私は、基本この人には、使いものにならない扱いされてきた時間がながいゆえに、
自己評価が低く設定されているから、
用事を頼まれることを、
パシリのように扱われている気分になっていたのでした。
実は、昔ヒプノのセッションを受けている時にもこの「みそっかす」発言は浮上し、
「これは根が深いから、今回は掘り下げるの止めましょう。」と、
ファシリテーターに止められたほど、私の深層心理に食い込んでしまっていたものでした。


ずっと続けていた自分を愛する、自分が愛されていることを受け入れるワーク。
これにより、1つのインナー・チャイルドを覆す時を、迎えたことを知る、
今夏のヴァカンスでした。